ハワイの歴史・英雄/ハワイ移住計画「ハワイファン!」

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ハワイinformation ハワイの歴史・英雄

リゾート地としてその名を知られているハワイ。
ここではハワイを訪れる前に知っておきたいハワイの歴史や英雄についてご紹介していきます。

ハワイの歴史について

≫ 古代のハワイを知る

8つの島々から成立するハワイは、火山活動によって出来た島で、現在も活動を続ける火山地帯がいくつもそびえ立っています。
ここに、紀元前700年前に、移住してきたのがポリネシア人です。ポリネシアという民族は、文字を持たなかったため、口頭伝承が残っており、当時は魚を主食としてタロイモの栽培に取り組んだことが研究家によって明らかになっています。

12〜13世紀になると、タヒチ島の王がハワイ島を支配下に置きたいと移住してきたことによって、権力闘争が勃発し、身分制社会が到来します。階級には、アリイ(王族)・カフナ(神官)という貴族階級と、マカアイナナ(平民)・カウバ(奴隷)の4つに分類され、女性に対する禁制や差別も存在したといいます。
古代のハワイの人々は、“先祖は神である”という考えがあり、神の精神を受け継ぐ家系であるアリイ(王族)の中でも、それを束ねる最高権力者を「アリイ・ヌイ」と呼び、この地位を継承する権利を巡って争いが起こりました。

≫ ハワイの始まりを知る

初めてハワイを訪れたヨーロッパ人は、1778年イギリスの探検家、ジェームズ・クックです。ケアラケクア湾に2隻の船で到着し、ハワイ島を発見し、イギリスのサンドイッチ伯爵の名前を取って、サンドイッチ諸島と名付けました。
上陸した際、ハワイはマカヒキという新年のお祭りの最中で、海からやってきた白人を、族長のカラニオプウをはじめとする先住民は、神の化身と思い込み、歓迎しました。様々な歓待の後、出発したクック一行は、嵐に遭い、やくなく引き返すことを余儀なくされます。
しかし、戻ってきたクックには、神が嵐に負けるはずがないという疑念の目が向けられ、クック一行は嘘つき扱いされることとなります。クックがカラニオプウを人質として拘束したことで抗争へと発展し、結果、クックを含む数人の船員は殺害されてしまうことになります。

その後、ハワイを支配していた族長カラニオプウは、遺言に王位を息子のキワラオに、守護神クーカイリモクの称号と領地を甥のカメハメハに…と残し、この世を去ります。
しかし、息子のキワオラは自分より身分の低いカメハメハに与えられた待遇に納得出来ず、カメハメハに戦争を仕掛けますが、モクオハイの戦いで勝利したカメハメハがハワイ島の王者となります。
その後のカメハメハは、軍事的才能を発揮し、ハワイ統一を成し遂げることとなります。

ハワイの英雄

ハワイの歴史を語る上で欠かせない偉業を成し遂げた3名の英雄をご紹介します。
銅像や歴史公園などを訪れてハワイの歴史に触れてみましょう。

≫ カメハメハ大王

“カメハメハ”という名前は、ハワイ語で「孤独な人」「寂しい人」という意味を持っています。実は、カメハメハが誕生する以前に、ある予言者が『次に生まれる子は、全ての首長を滅ぼし、ハワイ全土の支配者になる』と予言し、それを信用した首長たちが、母親に、子どもを殺せと命令します。
しかし、母親はその命令には従わず、森に逃げ込んで出産します。この出来事がきっかけでカメハメハと名付けられたと言われています。
実際に、カメハメハは、ハワイ諸島の統一を果たし、首長による平民支配を保護する法律の制定や、政治的な安定に努めてきました。

初代カメハメハが築いたハワイ王国は、1898年のアメリカ併合まで続き、功績を称えた銅像は、多くの観光客にも親しまれています。

≫ 聖ダミアン

聖ダミアンは、本名「ヨセフ・デ・ブーステル」というベルギー出身の神父です。 ハンセン病患者のために16年間尽力したカトリック司祭で、1840年に生まれ、1864年にオアフ島に宣教のために訪れました。ハンセン病患者はカウラパパ半島に隔離されており、自身もハンセン病に感染し倒れるまで患者のケアに生涯を捧げました。

≫ デューク・カハナモク

オアフ島出身の純粋な先住民であるデュークは、抜群の水泳能力がありオリンピックでメダルを5つも獲得した英雄です。カヌーやサーフィンを教える初代ワイキキ・ビーチ・ボーイズのメンバーでもあり、彼の銅像は、現在もワイキキビーチを訪れる人を暖かく迎えてくれます。

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